2005年08月17日

20年

8/15

今日と、数日前と、日航機のドキュメントを2本見ました。

あのときのことはよく覚えています。
20年まえだったから僕は小学1年生で。
ちょうど父方の祖母が亡くなったころだったのかな。
それで、あちこちを回りながら、いろんなところでそのニュースを
暑さのなかで見ていた覚えがあります。

残像で去年、2回九州に行って、
1回目は、わがまま言って僕だけ電車で行かせてもらったのも、
(ほかにも理由はあるけど)
あの事件のことが物凄くはっきり思い出せるからでした。

僕の周りにあの事故で亡くなった人はいなかったけれど、
本当に怖かったし、遺族の表情や言葉に触れるたびに
悲しみと悔しさがにじみ伝わってきた。

あの7歳の僕が見た、ニュースの数々の映像の一部が
今回のドキュメントにも使われていて、
この映像は見覚えがあるなってことや、
あのころの僕の周りのことや、
そういうことをどんどん思い出す、そういうのの連続だった。

 ♪

遺族の方々は、毎年冊子をつくっていて、
そもそものきっかけは、つらい思いで塞いでいたときに
同じ遺族同士で悲しみを打ち明け合ったらすこし楽になった、
というところから始まったとのことだ。

20年目を迎えた今年、20年分をまとめた特別号が発売されたそうだし、
毎年の墜落現場への慰霊登山や、
「傷を舐め合っているのではない、先に向かうために」という言葉や、
父をなくした男性が、いつ死ぬか分からないという思想がしみついてしまって
悲しみを増やすだけだから奥さんも子どももいらない、と今だに思っていることや、
いろんな言葉を目の当たりにするにつれて、
本当に、言葉にならない思いで胸が詰まってしまった。

この前の、尼崎もそうだし、
最近は航空会社のトラブルが異常とも言えるほどに続いている。
(今までニュースにならなかっただけなのか、本当に増えてるのか)
しかもちょうど20年目の8/12その日に、部品がはがれるという事件が起こってるし。

本当に、安全管理をもっともっとちゃんとしてもらいたい。
命を預かっているという意識、
多分大丈夫だろうという思い込み、
点検のゆるみ、など、本当に、シャレにならないので。


日航機の事故原因についてはまだちゃんとは解明されていないらしいです。
圧力隔壁の故障で、外部の空気が入ったためとなっているものの、
減圧はなかったとか、(専門家ではないので、詳しく説明できないけど)
いろいろ諸説あるらしいです。

そして、びっくりしたのは、原因と思われる修理ミスが
JALではなくボーイング社へ依頼した修理だったため、
法律のちがいで、ボーイング社にこれ以上の調査や告発などをい求めることも出来ないらしいのだ。

そして、主要部分以外の回収部品は処分されるとかされたとか。


うーーーーん、、、、、、、



posted by 残像カフェ大森 at 00:01| Comment(1) | TrackBack(1) | DAYS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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